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No.4 ワイズの旗をウォッチング [Y'sdom Watching]

▼象徴としての旗─横浜国際大会から
 2010年の横浜国際大会の開会式で、各国の国旗が入場したフラッグセレモニーは、世界のワイズメンの連帯を強く意識させられました。
 区大会でも、毎年オープニングに、各クラブのバナーが集合してバナーセレモニーが行われ、大会期間中は、区(リジョン)旗が掲げられ、役員引継式では、理事ホームクラブ旗や大会旗が引き継がれます。
 旗はこのように、様々な団体・コミュニティーにおいて、そのアイデンティティの拠り所となる役割を担っています。

▼旗の種類
 2005年の第8回東日本区大会(甲府)で、「東日本区バナー図鑑」が配布されました。その年度の藤井寛敏理事のホームクラブである、東京江東クラブの寺尾紀昭さんが作成したものです。東日本区旗から始まって、各クラブのバナーの写真を一堂に集めたものでした。今私の手元には、その翌年に新しくチャーターしたクラブも加えた2006年版があります。65のクラブと甲府大会で新調された「大会旗」も加えられました。
 この「バナー図鑑」を眺めながら、ワイズの旗についてウォッチしてみたいと思います。
 ワイズにおける旗には、次のような種類があります。
・区旗(リジョン旗)
・部旗
・クラブ旗
・理事ホームクラブ旗
・東日本区大会旗
・万国旗

〈リジョン旗〉
東日本区旗.jpg
東日本区旗(リジョン旗)は、1997年、日本区が東西に分割された際に新調されたものです。日本列島をJAPANの「J」に図案化したもので、東日本区のエリアを赤く塗ってあります。ちなみに西日本区のリジョン旗も同様です。
 このリジョン旗は、1989年に制作された当時の日本区旗のデザインを踏襲したものですが、そもそもは元国際会長の青木一芳さん(千葉)によるデザインです。
 青木さんは数学者ですが、1990年に京都で開催された第21回国際数学者会議の記念切手のデザインも手がけていますし、東京セントラルクラブ(2004年)のバナーのデザインもされています。
数学者会議切手.jpg




▼クラブバナー
 ワイズの旗の中で、主役は何と言ってもクラブバナーでしょう。区大会でのバナーセレモニーを見ていると、それぞれのクラブの個性が表れていて実に楽しくなります。
 富士山周辺の、静岡・山梨のクラブは、ほとんどが富士山を表現していますし、仙台青葉城の伊達政宗像、会津の赤べこ、所沢の飛行機、川越の時の鐘、松本の松本城、長野の善光寺、横浜つづきのベイブリッジ、下田のなまこ壁等々、その地域を代表するアイテムが取り入れられています。
 面白いのは、“サンマ”の東京目黒。もちろん落語の「目黒のさんま」からの引用です。

〈バナーの形〉
バナーの形も何種類かあります。少し古いデータですが、冒頭に書いた「バナー図鑑2006」に掲載されている東日本区65クラブのバナーを調べてみますと、以下のように分類できます。

四角形型…文字通り四角形(長方形)です。65クラブ中、17クラブ(26%)でした。
ホームベース型…下辺が斜めに切り取られ、ホームベースの形(五角形)をしています。この型が一番多く40クラブで62%でした。ただ、斜めの角度が浅く、四角形に近いタイプも幾つかあります。
燕尾服型…下辺がホームベース型とは逆に切り込まれています。東京江東・東京北・東京むかで・東京南(2009年解散)の4クラブです。
特殊型…上記の型に当てはまらなくて、例えば燕尾服型の切り込みが2つ(仙台青葉城)、あるいは3つある型(宇都宮)や、東京世田谷のように下辺が波の形、また東京たんぽぽのように、いかにも女性クラブらしいデザインで下辺がハート型にカーブしているものなどがあります。
世田谷バナー.jpg
たんぽぽバナー.jpg

〈バナーの大きさ〉
 バナーの大きさも様々です。一般的なものは、幅70cm前後、高さ100cmくらいでしょうか。ひと際大きいのは、何と言っても熱海クラブです。バナーセレモニーの時など、いつも二人がかりで持って登場していますが、いったいどれほどの大きさがあるのか、測っていただきました。幅160㎝、高さ250㎝で、タタミ2帖以上の広さでした。どうして、こんな大きなバナーを作ったのか尋ねましたら、最初からこの大きさではなく、表彰で頂くワッペンを貼っていったら足りなくなって、布を継ぎ足したそうです。いつもアクティブな活動を展開している熱海ならではのエピソードと言えます。
 熱海は別格として、比較的大きなバナーは、宇都宮・東京江東・東京などが目立ちました。

〈バナーの素材〉
バナーの素材は、以前は、綿や絹が主流でしたが、最近は合成繊維(ポリエステル)が主流になっています。薄くて軽く、水に強い特徴を持っています。捺染(なっせん)の技術が進歩して様々な素材にプリントできるようになりましたが、2009年にチャーターした東京白金高輪クラブのバナーは、この仕事を請け負った原俊彦さん(当時:次期理事・東京サンライズ)をして、『これまでに最高に難しい仕事だった』と言わせしめました。
白金高輪バナー.jpg
 当時の東新部部長で、白金高輪のチャーターメンバー・堀井尭さんは、『妙高クラブが近隣の障害者施設の子どもたちを支援し、職員やボランティアと共にメネットも加わり、「さおり織」で、小物入れ等を作り販売をしておりました。また子供たちにも機織りを教えていました。その製品を見て、まもなくチャーターを迎える私共白金高輪クラブのバナーを、この素材を使って、施設の子供たちを含めた皆さんで作ってくださらないかと妙高クラブの福澤系司会長に相談しました。はじめ福澤さんは戸惑いの顔をされました。10人から15人の人々が交代で織っていく時間が計算できない。出来上がっても、文字印刷が布に定着するか心配だとのことでした。』と振り返っています。 
 手作りのバナーにこだわった堀井さんは、さらに、上辺の横芯は、白樺の自然木を使い、まさに天然素材のバナーを作り上げました。この織物にプリントを施すというのは、前代未聞の注文だったのです。

 その原さんがチャーターメンバーであった東京サンライズは、バナーセレモニーの時に、ちょっと変わったパフォーマンスをします。会長さんが一瞬立ち止まって、2枚持っているバナーを少しずらします。1枚は「紗」で織られたシースルーの生地、瞬間平面のバナーが立体的な表情を浮かべます。遊び心満点のバナーです。

〈理事ホームクラブ旗〉
 区理事を輩出したクラブが、一年間預かるのが理事ホームクラブ旗です。「REGIONAL DIRECTOR HOME CLUB」という文字と、ワイズマークが中央に配されたシンプルなデザインですが、理事を出した名誉と、その理事をクラブ全員で支える自覚と責任を象徴しているのでしょう。

〈東日本区大会旗〉
東日本区大会旗.jpg

 東日本区大会旗は2005年、甲府での区大会の時に新調されました。ホストの甲府クラブの実行委員会で、武田信男さんが発案したものです。『オリンピックでは、五輪旗が開催地の市長に引き継がれる。東日本区大会もホストクラブで引き継いで行く旗を作ったらどうか』というものでした。
 当時の区役員会に諮られ承認されましたが、制作費は、大会参加者からの寄付金と、甲府クラブからの拠出で賄われました。デザインは甲府クラブの石塚誠さん、製作は同じく石川和弘さんが請負いました。



▼目印としての旗─熱海国際大会から
 冒頭、旗は集団のアイデンティティの拠り所となる役割を持っていると書きましたが、その他にも、情報の伝達や目印といった機能も持っています。そういう使われ方をした例に、1975年に開催された熱海国際大会があります。熱海大会は、日本で初めての国際大会ということもあり、市挙げての歓迎でした。
 元国際会長で、熱海大会のチーフ・マーシャルを務めた竹内敏朗さんによりますと、『当時の国鉄総裁は、熱海駅の駅頭に無料でワイズとYMCAの旗を掲示することを快諾してくれました。また、熱海市では100万円の予算を計上して歓迎のバナーを製作し、町中に飾り付けました。』とのことです(2011年5月21日-東京むかで・東京世田谷50周年記念合同式典での講演)。熱海市民の間で、ワイズの知名度が抜群に高いのは、こういうことに遠因があるのではないかと、勝手に推測しています。

▼ワイズの旗のもとに
 旗振るな 旗振らすな
 旗伏せよ 旗たため

 社旗も 校旗も 国々の旗も
 国策なる旗も 運動という名の旗も 
 ………後略……… 
 
 これは、作家の故・城山三郎の「旗」という詩の書き出しです。第二次世界大戦の末期に、特攻隊に志願した城山の自戒を込めた詩です。
 2011年4月6日の日本経済新聞のコラム欄で、この詩が引用されました。
 『3.11の東日本大震災後、多くの公共施設で、ずっと日の丸の半旗が掲げられている。弔意は大事だが、これからの復興のために、国旗を高く掲げたい。城山三郎に「旗」という詩がある。一人ひとりの命がいとも簡単に旗の下に束ねられた戦争を知る世代の、痛切な思いがこもる。それでも今は一人ひとりのため国旗を高く掲げたい。そう言ったら城山に叱られるだろうか。』という内容でした。
 確かに旗は、「お国のため」という美名のもとに掲げられ、戦争という狂気に利用させられた経緯もあります。
 しかし一方、復興・復活のシンボルとして、人々に勇気を与えてくれるのも同じ旗です。

 ワイズの世界においても同様でしょう。
 最後に、“言葉としての旗”が使われた例を紹介します。2007年に、アジア地域会長を務められた藤井寛敏さんは、スローガンに「Let’s Join under the Y’smens’ Flag= ワイズの旗のもとに」を掲げました。私の知る範囲では、過去の国際会長やアジア会長、日本区理事の主題に「旗」が使われた例はありません。
 藤井さんは次のように言っています。
『我々の理想である、よりよき世界の実現に向かって、ワイズメンの旗を高く掲げ、道々での人びとに我々に加わることを呼びかけながら前進しよう。
 掲げる旗は我々の理想を示し、それを高く掲げることは理想の高さを示している。巻き起こす風は、決意の強さを示している。その風の流れは、理想を実現するための道である。』
(アジア地域のRDトレーニングにて)



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